06月 « 2018年07月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  » 08月

スポンサーサイト

--年 --月--日 --:-- (--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

19歳の遺書!

2012年 06月06日 17:13 (水)

「兄は19歳 弟は5歳」
 幼い弟のため兄はカタカナで書いた。

逕サ蜒冗ャ代▲縺ヲ逕溘″縺ヲ繧・049_convert_20111125025736

「モウニイサンハ、フミアキ二テガミヲアゲラレ
ナイケレドモ、サビシガラナイデクダサイ・

イツデモ二イサンハ フミアキヲミテオリマス
カラ・・・」シッカリベンキョウシテクダサイ

 ニイサンノブンマデ、オトウサマ、オカアサ
マニコウコウシテクダサイ

現在72歳になる本井文昭さん(公認会計士・
アメリカ在住)が兄の文哉さんからこの手紙

を受け取ったのは終戦翌日のことだった。
19歳の遺書を弟は桐箱に入れ大切にしてき

た。あの戦争で多くの日本人が亡くなった。

六十数年後の今日も読み伝えて行かねばなら
ない。この手紙を書いた2日後にグアム南西

・ウルシー海域で人間魚雷「回転」に乗り込
み戦死した。

人間魚雷は政府と日本海軍が考え出した特攻
魚雷であった。山口県の基地から新潟県の実

家へ送ったハガキである。
当時の政府と陸海軍にだまされ多くの人がな

くなった。それが戦争である。
現在も政府と電力会社の「カネと票」にだま

され命と土地を奪われた人たちがいる。
今また電力会社の「カネと票」に圧力をかけ

られ、あの橋本大阪市長さえ大飯原発を許し
てしまった。

早くだまされていることに国民は気がつかな
ければ悲しい出来事がまた起こる。

マスコミや評論家の昨日今日の内容のないバ
カさが悔やまれる毎日である。 

         (参考資料西日本新聞)
      
     ひょっとこ詩人 一ノ宮けんし



関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

2012年06月07日 09:09

おはようございます。

純粋な若者達が、お国のためにと命を・・・。
戦争の痛手は今尚続いていますね。

今の政治・・・国民を平気で騙せるとでも、
思っているのでしょうか?
票と、お金、そのどちらかの絆で繋がっている。

マスコミこそ、真実をぶちまけて欲しいのに・・・。
真実にメスを入れるのも、マスコミなのにと、
思います。

2012年06月07日 09:30

こんにちは

たった19歳で
自分の死を覚悟して 
こんな手紙を書いて出すなんて
昔の19歳って 
今と比べて 精神的に 随分 大人だったのだなって 思いました

2012年06月07日 11:17

あの当時、たくさんの人々が「お国のため」と死地へ向かわされました。
でも、誰一人として「お国のため」なんて思っていなかったんですよね…
父、母、妻、子供、兄弟…みんな、家族への思いを胸に、帰ることを許されない道へ進まなくてはならなかった。
60数年前に戦争は終わりましたが、お国のためと我慢を強いられる人は減っていない。
それが悲しくて仕方ありません…

2012年06月07日 11:53

コメントありがとう。
今度の原発問題でもいっしょです。
お国のためと同じことをやってます。

2012年06月07日 11:59

コメントありがとうございます。
早く皆様に逢いたいのですがそれも
出来ずごめんなさい。

2012年06月07日 12:01

いつもありがとう。
まだ直接コメだせませんがもうしばらく
お待ちください。早くよくなってお邪魔させていただきます。

2012年06月07日 14:42

こんにちは^^

戦争に生きた頃の話は哀しいです。
原発にしても、確かに有力なエネルギーですが、それに付随する問題を真剣に考え、もしもの場合も含めて本当に国民のことを思って推進したのか? 疑問です。私欲が見え隠れします。

けんしさま 忙しくされてて春眠中かと思っておりましたが、体調を崩されているご様子。
ご無理されませんよう、ゆっくり養生してください。
早くよくなりますよう、こそっと鍵コメにて祈っています(*^_^*)

2012年06月07日 15:41

コメントありがとう。
早くよくなってお会いしたいです。
返事返せなくてごめんなさい・

2012年06月07日 21:26

本当に自分の思いを弟さんに伝えたかったんだと思います。
弟さんには、平和に生きてもらいたいと。

本井文哉(モトイ ブンヤ)さん 
戦没 昭和20年1月12日 
海軍機関学校54期生

「金剛隊」として出撃しました。
違う潜水艦に、18歳の搭乗員が2人いました。
同じ日に、戦死されてます。

2012年06月07日 22:18

けんしさま
どうぞ ご無理されませんように・・・。
みんな ちゃんとイイ子で待っていますから。

2012年06月08日 11:43

貴重なコメントありがとうございます。
病でありながら仲間がこうして私の知らないことを教えてくれる。すばらしいことです。再度ありがとう。

2012年06月08日 11:44

コメありがとう。
熱いものが伝わってきます。

2012年06月08日 16:35

当時の残されたお手紙を目にすると
生きたかったであろう気持ちがすごく伝わりつつ
お国の為に悔いはない という文面に
これが10代20代の青年なのかと思うと
胸が苦しくなります。

若くして散った その命を大事に思わないといけませんね・・・

それより けんしさんは体調 大丈夫なのですか??
お大事にお過ごしください。

2012年06月09日 04:51

コメントありがとう
うれしかったよ。
元気になったらまたあいましょう。

2012年06月09日 20:26

こんばんわ
お元気でしょうか?心配しております。
お気持ちお察しいたします
でもあまり頑張りませんように。。。
私達は分かりますよ~
何かお手伝い出来れば良いのですが。。。

2012年06月09日 20:29

こんばんは^^
おひさしぶりです。

ほんとに一番大事なものが
見えていないのですね。

寂しい限りです^^;

2012年06月09日 22:46

けんしさま こんばんは。
身体の具合はいかがでしょうか?
ゆっくりゆったりと身体を休めてくださいね。
命をかけてお国の為に・・・。
どんな思いで飛び立ったのでしょうね。
「おかあさ~ん」と叫んだのでしょうか?
すごいことです!! 19才の青年たちは・・・。

2012年06月10日 09:13

国の為に何故?大切な命を犠牲にしないといけないのでしょう?

けんしさん体調は如何ですか?

季節の変わり目ですので、ゆっくりお休みになって
御自愛下さい。

2012年06月10日 10:46

コメントありがとうございます。
イミュもげんきそうですね。
よろしくお伝えください。

2012年06月10日 10:51

コメントありがとうございます。
またおいしい料理のぞかせていただきます。ゆきちゃんによろしく。l

2012年06月10日 10:54

コメントありがとうございます。
モウしばらくかかりますがよくなり
必ずお伺いいたします。

2012年06月10日 10:56

コメントありがとうございます。
病になって初めてすずちゃんの心の
中がわかりました。これからもよろしく!
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。