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明けましておめでとうございます

2011年 12月30日 04:38 (金)

牛
2012年1月1日 明けましておめでとうございます。
たくさんのコメント・ご訪問ありがとうございました。

「笑って生きてん」今年もよろしくお願いいたします。

Nature2-003.jpg

それから海外からコメント・訪問されている人たちへ

「Let’s Ieve with smiles.cheer up!」

スペルが間違っていたらごめんなさい。海外17ヶ国から訪問・コメント
下さるあなたへ、いつの日かあなたの国で個展ができることを大きな夢に

今年もがんばりたいと思います。



[小さな命」

私が12月にある障害者の施設にあいさつに伺うと2年に1度、「一ノ宮
けんしと愉快な仲間展」を開催するそのとき、作品を提供してくださった

身障者のお母さんとそのお友達がいた。
今日はこのお友達のお話をします。なぜかと言うと・・・

おなかが大きく2011年1月1日が予定日だと言っていたから気になっ
ていた。

私がそれはそれは予定通りに生まれてきたら最高にうれしいでしょう。と
言うと「いえ、実は・・・」と言って彼女が話してくれたことは。

昨年上の子が3歳のとき妊娠し、喜んだと言う。でも喜びもつかの間だっ
た。

肺に病気が見つかり手術しても良くならないと言われ、先生ってなんて残
酷な人だろうと思った。

「助かりません」と言われたがあきらめきれず、他の病院へ何軒も何軒も
行ったが答えはみな同じであった。

毎日毎日涙が止まらなかったと言う。
そんな涙に明け暮れていたとき、3歳の息子が「ポンポンの赤ちゃんがマ

マ泣かないでと言ってるよ!」と言った3歳の息子の一言で自然ブンメン
でおなかの子の最期を見取ろうと思った。と子供から教えられたと私に話

してくれた。

そしてまた妊娠、2012年1月1日が予定日だと言った。お母さん無事
生まれてくれただろうか。日にちがずれてもいい、雨がふっていてもいい。

ただお母さんの願いは無事生まれることであると感じた私はこのブログを
書き名前も住所も知らないお母さんのため出産の無事を祈っている。

2012年の正月である。



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プレゼント!

2011年 12月26日 03:19 (月)

2011年12月26日 クリスマスイブも仕事で今年は何もできなかった。
と思っていたら私あてのプレゼントが2つ届いた。

笑って生きてんみどり)(

1つは24日夕方に佐渡ヶ岳部屋の佐渡ヶ岳満宗親方とおかみさんから24
年1月8日から国技館で始まる大相撲初場所の番付表が前日出来上がったか

らと送ってきた。東の正大関に琴欧州勝紀、西の大関筆頭に琴奨菊和弘が名
を連ねていた。琴奨菊は11月九州場所千秋楽パーティで会う予定でいたが

私の都合で会えなかった。その分、初場所でがんばってもらいたい。

心の出会いは大切に!岩手

そしてもう一つは私の尊敬するS先生からメールが来た。
用事がありしばらく車で出かけていて私のブログを見てなかったので開いて

見て「借りる金・返す金」を見ていい話を聞かせていただいたと言って自分
も帰ってくる車の中でラジオを聴いていると震災のときの自衛隊員の話を聞

きながら胸を打ったというメールであった。このメールでまたまた私が胸を
打ち、目がしらがあつくなったので紹介いたします。

S先生からのメールによると・・・

私も今日、車を運転しながらラジオを聴いて思わず涙が出ました。
ある避難所で救援物資を配っていて最後の一個になったとき2人のお年寄り

が残っていた。大きな声を出し、奪い合い争いになっていると見た自衛隊員
は、これはいけないと思ってこの中に入り、自分の弁当を分けてやろうとし

たらそうではなかった。
よく話を聞くとそれはお互いが譲り合っていたのであった。

「うちはばあさんと2人だから弁当がなくてもなんとかなる。小さい子のい
るあなたが取ってください・・・」と。

「いやいや、こちらもなんとかなるので、そちらからどうぞ」
お互いがお互いを思いやる心を知ったと自衛隊員は思ったそうです。

これならきっと、この震災の復興はできると。

私の尊敬しているSさんは思わず胸が熱くなり、前のフロントガラスが曇っ
てしまいましたと結んでいた。

このメールを読んだ私も胸が熱くなりました。
がんばろう日本!  一ノ宮けんし  
          

借りる金・帰す金!

2011年 12月22日 14:07 (木)

2011年12月22日 福岡市内を中心に長崎県、佐賀県、大分県などに80
万部の販路を持つ西日本新聞がある。

その新聞に(春秋)というコラム欄がある。ちなみに私も3回ほど載せていただ
き紹介されたことがある。

今日は冬至をテーマに書かれていたが読むうち心が洗われ胸を打つ話であったの
で紹介します。

カラー詩笑って生きてん 070

尚コメントのお返しは忙しく当ブログからお返しています。

そこは福岡県那珂川町別所の大山住神社の境内にある毘紗門天堂「冬至」の日は
早朝からにぎわうそうである。福岡県と佐賀県の県境の小高い丘にあり、普段は

ひっそりしているが冬至の毘沙門天祭には夜明け前から参拝者が訪れ始める。
佐賀県からやって来る人も珍しくないという。

開運を願う「福銭替え」も目当ての一つだという。
「借りる金」と書かれた箱から借りる人・「返す金」と書かれた箱に返す人

がいると言っても硬貨が主役。借りたら翌年2倍にして返す。貸し借りは自己申
告と聞いて・・・震災のとき被災地で発生直後、レジが使えなくなり「後で払

っていいですからと」というコンビニエンスストアーに金は無いけど商品を渡
していたら列ができ、それでもみんなが困っていると金も無いのに商品を分けて

あげていた。後日正式に営業再開した時、代金を払う人が列を作ったという。

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新聞では仙台の複数のコンビ二が紹介された。
ある店では「あの時は、ありがとう」と買ったものを申告したり、バーコードつ

き商品の包装紙を持参する人が相次いだと言う。(毎日新聞)
借りた分に感謝のコトバを足して返す。そんな光景を想像する那珂川町の毘沙門

天さん。私は冬至の日にすばらしい記事を読ませていただいた。
今日はカボチャぜんざいを振舞うそうである。

心を暖めてくれるこの話が被災地の人たちにも届いたらいいなァ!と思い私はこ
の新聞を紹介しました。

がんばろう日本! 一ノ宮けんし

順番!

2011年 12月20日 06:46 (火)

2011年12月20日 先日ひょっとこの忘年会があった。
今年を振り返ると100回の公演をした事になる。

IMG_0002.jpg

一日に公演 箇所を2~3箇所回ることもある。それから大きなイベント
の場合2手に分かれて演じることもある。

ちなみに私は自分の個展公演のイベントもあるのでひょっとこに3~4回
しか参加できない。

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(尚、忙しくてコメントのお返しは当ブログからお返しします。)

このひょっとこ、開演時間なども決まっているので順番を間違ったら大変
なことになる。

野田政権も順番を間違えないようにしなければ、管内閣みたいに自称、市
民運動家上がりで攻撃はうまかったが、守りや政治は出来なかった。

だから国民から見放されバカ内閣と言われた。
鳩山首相は「母親から毎月1500万円もらっていますよ」と言わなくて

もいいコトをぽろぽろ口に出すバカボン内閣と言われた。
自民党も党内で選挙したわけでもない3バカ大将、福田・安部・麻生内閣

を作ったがやはり3バカ大将であった。
野田さん!順番を間違えたら国民から見放されますよ。

あなたがやることは1に議員削減法案・2に公務員改革法案。3に消費増
税法案と通さねば、増税法案から通せばあなたも00内閣と呼ばれますよ。

もう1度言います。順番を間違えないように!

自転車乗るの?

2011年 12月17日 04:37 (土)

2011年12月17日 昨日、近所のK君が自転車を押しながら私の
家の前を通っていた。

「どうしたの?」と聞くと公園で自転車の練習をすると言う。
「えっ!」と私は驚いた。



コメントは忙しく、お返しする時間がありませんので当ブログから返事
を出させていただいています。



「K君何年生?」と尋ねると「6年生」と答えた。
いたずらっこみたいなK君が自転車に乗れないのを不思議に思った私は


「6年生で乗れないの?」と更に尋ねると・・・
「うん、小学6年生で自転車に乗れないのはボクだけなの」と言って私

に話してくれたことは・・・
彼が小学1年生のとき、初めて乗って坂道を下っていたら対向車が来た

ので真ん中を通っても十分通れたのであったが加速がつきスピードが出
ていたためブレーキもハンドルも思うように出来ず、一番下の家の前を

右に曲がらねばならないのに一番下の家の玄関に激突。ヘルメットかぶ
って無かったので15針縫う怪我をしたと言う。

それからと言うもの自転車に乗るのも触るのも怖くて乗れなかったと教
えてくれた。

私がみんなでサッカーの練習や野球の練習などで自転車で移動するとき
はどうしていたの?と尋ねると・・・

みんなの後ろからグローブやバットを担いで走ってついて行ってたの。
と答えてくれた。

そんな時、乗ろうとか、買おうとか思わなかったの?と尋ねると・・・
思わなかったと答えた。

ママが何度か自転車店に連れて行ったこともあったが自転車に触るのも
見るのもいやであったと言った。

それが何で今頃になって乗りたくなったの?と聞きながら彼の心の中を
覗かせてもらった。

そしてすぐ彼に告げた。「彼女ができたろー」と聞くと・・・
「彼女ではないけど、みんなの後ろを走っているボクにがんばってと声

をかけてくれる子がいるとー」「そしてその子の前を走るときは元気が
出るし早くなるし、笑顔で片手がふれるとー」と好きなことを告白して

くれた。
「それじゃ、おじさんも一役買おう」と一緒に公園まで行き、彼の自転

車の後ろを握ってやっていた。前に乗ったことがあるので覚えるのが早
かった。その日はぎこちないがまっすぐだけは行けるようになった。

そして今日、彼はハンドルさばきも、ブレーキのかけ方も私が手で押さ
えなくても十分な技術を身につけた。そしてスピードも十分出せるよう

になった。しかも2日間で出来上がってしまった。
「あした、彼女の前で乗ってる姿を見せてやれ!」と私が言うと・・・

「はい!」と言って彼は帰って行った。

昨日社会保障改革法案を先送りすると言った野田内閣に教えてやりたい。
議員削減法案は置き去り、公務員改革法案は廃案、公務員の優遇措置は

自分たちで作ったマニフェスト、自分たちで掲げた目標ではなかったのか
国民に復興という名を借りた増税だけを押し付けようとしてい野田内閣の

すったもんだしている内閣にくらべたらk君のがんばり、スピードを教え
てやりたいものだ。がんばれば出来ると言う事を、本気を出せば必ずでき

るということを自覚してもらいたい。









甘いチョコレート!

2011年 12月12日 05:37 (月)

2009,5,31 042
2011年12月12日 Sちゃんが来年春に結婚するという手紙を沿え
地元の特産みかんを送ってきた。

私は良かったと手紙を読みながら思った。私とSちゃんの出会いはち
ょうど3年前のクリスマスイブを過ぎた午前1時であった。

返しは時間が取れませんのでこのブログから遅らせて頂きます)



「おじさん、覚えていますか?博多湾に飛び込もうと思って海岸へ来
たとき人っ子ひとりいないはずの午前1時の岸壁に1台のタクシーが

翌日、船から積荷をするというトラック運転手を乗せ岸壁にやって来
たときはびっくりしました」

ライトに照らされた私を見て自殺を思い止まらせてもらいました。私
の決心は固かったのですが一ノ宮さんのジョークを交えた暖かいコト

バについつい決心が和らぎました」そして来春結婚すると言う内容の
手紙であった。

あの時は彼女から聞いた話しによると・・・
当時彼女は19歳、彼は34歳だと言った。手作りのチョコレートを

作り彼の家まで持って行ったと言う。
期待に胸ふくらませチャイムを押すと出てきたのは子供と奥さんであ

った。「ええっ、何で!信じられない」と彼女が思ったのも涙を流せ
ば済む問題ではなかった。

彼女は妊娠したが彼が1月から海外へ出張。帰って来るのがいつにな
るか分からぬが帰ってから正式に結婚しようといわれ言われるままに

子供をおろしてしまったのであった。
何で、何で何で、コトバが出ない。出るのは涙。ぼろぼろ出る涙を抑

えついたところが博多湾の岸壁であった。
彼女は死ぬ気で博多湾に来たのはわかる。誰もいない、寂しく寒い日

衝動的と言えば衝動的であるが、この場の雰囲気を壊さねばと思った
私は彼女の硬い気持ちをやわらげるため彼女に質問した。

死ぬのはいいけどあなたみたいな美人が死んだら、幽霊になるとよ。
このあたりは幽霊だらけになるよ。わかるーと質問すると小さな声で

分かりませんと答えた。答えたということは少し私のコトバを聞き入
れたということだと判断した私は更に、この前も向こうの岸壁で殺さ

れた人が浮かんだと新聞に載ってたよ。
あなたが死んだら幽霊で中州よりこのあたりはにぎやかになるよ。

私は更に質問した。美人が死んだら幽霊になるけどブスが死んだら
何になるか知ってるー。知りませんと言う彼女を無理やり私のトー

クの中に入り込ませた。

ブスが死んだら博多じゃ有名よ。そんな話は無いのだけれど昔から美
人が死んだら幽霊、ブスが死んだらーお化けになるとよー分かった。

だからこのあたりは幽霊も出るけどお化けも出るとよ。
彼女が少し笑ったと感じ取った私はとどめをさした。

私はあなたが振られてよかったとおもうよ。顔を私に向け、何でと言
う顔になったとき、こう言った。

「おめでとう」と言うと「なんで、おめでとうなんよ」と涙顔で私を
見つめながら小声で言った。

あなた彼からだまされたとよ。このまま結婚してごらん他の女をまた
だまし同じようなことを繰り返すとよ。そんな中で子供が出来てごら

んもっと苦しむよ。だから神様が助けてくれたんよ・・と諭したのを
おもいだした。

その彼女が立ち直り来春結婚することになったのだ。
私は2011年暮れ、いい年を迎えられそうな気になった。

改めてSちゃんおめでとう。

復興増税!

2011年 12月08日 02:20 (木)

2011年12月7日 昨日忘年会に行くと出てくる話しは増税の事
テレビ・新聞でも増税の記事、国会でも増税増税と口をそろえる野田

どじょう内閣。国家財政が破綻しているにも関わらず、公務員宿舎は
凍結したはずが2ヶ月め国民の知らぬところで着工されていた。

年金は60歳でもらえるはずが68歳にすると言う。だったら国家公
務員のボーナスも3年間据え置くとか給与30%カットとかなぜやら

ないのだろう。やらないどころか当初抱えていた公務員改革法案は先
月廃案にしてしまった。逆に国民は消費税は上がる、医療費は上がる。

年金支給年齢は上がる。
議員削減も公務員法案も自ら作ったマニフェストではなかったのか?

前大阪知事橋本徹氏は改革をやってのけた。公務員給与・ボーナスの
カット、部署の統廃合を自民党の反対、マスコミのよからぬ抽象をは

ねのけやりとげたのだ。大阪府に出来て国会がなぜ出来ぬ。橋本氏は
関西空港と伊丹空港の統廃合もやってのけた。それもぞうぜいなしで

だ。

Nature1-015.jpg

12月は自殺者や強盗などが増える季節である。
増税・福祉援助のカットなどで苦しんでいる自殺者、身障者の話

妊娠までして裏切られた女性の話、それを克服してがんばってい
る話をいたします。感動しますよ。

もう一つ前回の話で三太はどこにいたのかとの問い合わせが多
かったので説明しますと自転車に乗った婦人が事故に会い倒れ

た婦人を起こそうと吠えていたら救急車・パトカーが来て一人
暮らしの婦人が飼ってる犬と思い違いをした警察官が一時保護

し、婦人が退院したあと持ち主がわからず婦人が自宅で飼って
いたと分かったそうです。

花2

事故を救った三太!

2011年 12月04日 04:36 (日)



2011年12月4日 冷えるので夕方から近所の居酒屋へ行くと最近、
家を買って引越して来たという家族に出会った。

「おめでとうございます」と言うと「引越しの日に大変なめにあったんで
すよ」とお父さんが最初に口火をきり途中から娘さんの独断場になった。

そこで彼女が話してくれたことは・・・
柴犬の三太から私と兄は命を救われたと聞かされた。

引越しの1ヶ月前、柴犬三太が嵐の晩に、鎖を切って逃げていなくなった。
そこで家族4人で近所を探し回ったがいなかった。

それから1週間、少し足を伸ばし探す範囲を拡大したという。
だが三太を見つけることは出来なかった。

2週目は友人、知人、近所の人も加わり探したがいなかった。
3週目は保健所に行くがやはりいなかった。あそこで見たと聞けば駆けつ

けこちらの犬小屋につながれていたと聞けば足を運ぶが三太と違っていた。
親たちは引越しの準備もあり3週目から私ひとりで探したという。

そして引越しの日がやってきた。
引越しセンターのトラックが荷物を積み出たあとでお父さんとお母さんが

乗用車で後を追いかけた。その10分後、三太のことをあきらめお兄ちゃ
んと私が出発した。

そして最初の電車の踏み切りで事故が目の前で起きた。
まかり間違えば私たちが巻き添えになっていたかもしれないと思うと身震

いがすると言う。それを救ってくれたのが三太であったと彼女は言った。

犬君の飾らない

踏み切りの少し手前で徐行しようと車のスピードを少し落とした時、助手
席側のドアにどーんとぶつかり、窓を駆け上がろうとする犬がいた。

「あっ三太!」と叫ぶと兄がブレーキを踏んだ。
その直後に後ろの車が私たちの車を抜いた。前は十分空いていた。対向車

線も車は無い、車が踏み切りにヘッドライト部分が入ったところでチンチ
ンと踏み切りが鳴り出した。

一部踏切内に入った車は無理したわけでもなかった。抜けきるのに十分な
時間はあった。私たちでも同じようになった場合、同じようにぬけきるだ

ろうと判断したであろう。もし前の車が三太が飛び出し私たちが止まらな
ければ私たちが同じ目にあっていたという。

どう見ても進めない状態ではなかった。だから追い越した車も確認して踏
み切り内にはいったのであった。

その予期せぬ出来事は私たちの目の前で起こった。十分に抜けるはずの車
が車体半分を踏み切り内に残し立ち往生したのであった。

こうなることを誰が予想したであろうか。それは踏み切りを渡ったところ
で、右側に電車と平行して走っている道路あり、そこから黒いワンボック

スカーがチンチン鳴り出した踏み切りを早く渡ろうと左に車が来てないと
見て飛び出したのであった。

それもスピードを上げて回ったものだからオーバーラン、私を追い越した
車は一瞬止まった。前の車が止まったためぶつかることは無かったが前の
車はまだ後部が踏み切り内。右から急に左折した黒い車は運転席が踏み切

りに勢いよく走ってきて踏切内。ちょうどそこへ電車が来て衝突。右から
スピードあげて無理に左折し踏み切りに入った運転手は即死。私の前の車

の運転手は重態であった。だがその後は分からない。
もし三太があのとき飛び出してこなかったら私たちが事故にまきこまれて

いたと話してくれた。
そんな話をこの家族から聞かされ、私も気をつけなければとこの事故を焼

酎にまぜ飲み込んだのであった。
年末年始の忙しいとき皆さん気をつけましょう。

                   

愛!

2011年 12月01日 05:21 (木)

2011年12月1日 騒がしかった大阪市長選も終わりほっとした。
大阪市民を愛していた橋本氏が公務員を愛していた平松氏・企業を愛し

てた自民党を制止、当選した。色々言われていたけど橋本氏の愛が強か
ったのである。

愛といえば先日、私のイベントでお手伝いをしてくれていたSちゃんと
天神でばったりあった。

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今年の春に結婚したと聞いていた。確か、新婚さんのはずであった。
「Sちゃん結婚おめでとう」と言うと「ありがとうございます」とちょ

っと照れ笑いしながら答えてくれた。
とっても明るい娘であった。

おっとそうではなかったのだ。主婦であった。

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当たり前のことであるが、天神駅の雑踏のなかで聞いてみた。
ほっかほっかの愛を感じたからだ。

「Sちゃん しあわせやろ~」と聞くと・・
「ええ、しあわせです」と笑顔で答えてくれた。

この答えで私まであたたかくなった。
更につっこんで「新婚生活は楽しいかろ~、ルンルンやろ~」

と言うと彼女は「はい、楽しくて楽しくて・・・」
「そんなに楽しかったら困ったことなんか、なかろうー」

と聞くと。
「困ったことはありませんが、朝おきたときプーとするとですよ」

「えっ!それは、困るやろうもん朝からって」と聞くと。
「いーえ、私、屁(へ)ごと愛しとるから平気です」とまじめに

言ったから私は噴出してしまった。
分かれたあと、愛ってすごいなァ!とつくずく思った。

橋本氏が熱烈に大阪を愛したように宮崎県の東国原は宮崎を愛し
ていたのであろうか。また佐賀県の古川知事は佐賀県を愛してい

るのであろうか?化けの皮がはがれないように祈るだけである。
いずれも県民をどれだけ愛してるかである。

このSちゃんみたいに上に立つものがすべてを愛してたらすばら
しい暮らしが出来るのではないだろうかと帰りの電車の中で思っ

た。私であった。






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