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(3)君のつかんだ一勝は・・・

2011年 07月27日 11:05 (水)

20100825045425924s[1]

2011年7月29日 先日高校野球福岡県大会で九州国際大学
が優勝、甲子園の切符を手にした。

「君のつかんだ一勝は 一生心から離れない」と以前福岡県
地区予選で9回逆転負けしてマウンドの土をけってホホに涙

を流した投手に書いた一枚。あの時打たれたホームランはど
こへ・・・

一年が過ぎ二年目の夏、高校野球全国大会で甲子園がにぎわ
っていた時、お客の話題は連日高校野球であった。

甲子園で3日目が終わったPM11:30博多中州のど真ん
中からサラリーマンの酔い客2名を乗せた。行き先はK市と

F市であった。御多分にもれず今夜も高校野球の話である。
地区予選から見ているファンの私としては黙っておれず、い

つのまにか3人目の解説者になっていた。
その3人の解説が一瞬止まったところで「私、詩を書いてい

いるんですけど」「実は何年か前にK高校とH高校の試合で
9回逆転負けした投手の流した涙に感動し詩を書いたことが

あるんですよ」と切り出すと運転席の後に座っていた客が突
然「あっ、それそれ、うちの息子!」「あんやつは見たむな

かァ!男の癖に涙なんか流しやがって」「テレビで見ていた
同僚や父兄の方に恥ずかしかったァ!みっともなかァ!」と

興奮気味に説明してくれた。
まさかこんなところでこんな形で偶然にしても不思議なこと

が起こったのであった。更に驚いたのは左後部座席に乗って
いたお客が「運転手さん、新幹線の基地で個展してない?」

と尋ねてきた。「えっ、どうして知ってらっしゃるんですか

?」尋ねかえすとその客の奥さんが車両基地でスポーツの詩
を買ってきたと説明してくれた。まさかのまさかであった。

更に話を聞くと二人は兄弟で弟の子供も野球をやっていたと
言った。この話を聞いたとき。あのホームランは彼の家族が

ちゃんと受け止めてやっていたのだ。車両基地で2枚と言っ
たのはこのときの投手にやるためでもあったのだ。

IMGピクチャmp_0004

私が話す前からこの詩は彼の回りの人たちに届いていたので
あった。私は2人にもちろん小さな詩を手渡したのであった。

客の自宅は住宅街、下りて行って会いたがったがPM12:
30分大きな声を出し挨拶も出来ぬし、彼は朝が早いから寝

てるかも知れないと言う、お父さんの言葉を信じ名残惜しか
ったがお別れした。でも私は満足であった。

             タクシー詩人 一ノ宮けんし




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(2)君のつかんだ一勝は・・・

2011年 07月24日 11:42 (日)

2011年7月25日出し 
「君のつかんだ一勝は 一生心から離れない」JR西日本新幹線
車両基地 サマーフェスター個展 前日に書き上げた詩。

高校野球地区予選の決勝戦で9回裏、ホームランで逆転負けをし
た投手が打たれた瞬間、マウンドをけり、瞳から涙が落ちている

姿をテレビで見ていた私がこれだと思い、一気に書き上げた詩で
ある。この一枚の詩が何年も打たれたホームランの球のように大

空へ飛ばされた。 
あれから一年、私もすっかり忘れてた午前2時ごろ西通りからi

市まで乗せた酔い客が「運転手さん、今日は地区予選の決勝戦で
母校が勝ったから野球部の数人で集まってお祝いしてたんですよ

・・と彼はろれつの回らぬような声で私に言った。
おりしもあの個展から一年。あの激闘の末負けた投手とあの時書

いた詩が頭をよぎった。

2009,5,31 09,1016 2011nenn      ブログ写真 044

今日は地区大会の決勝戦でまた2年連続またH高校が勝ったとい
う。ちょうどあれから1年目であった。

高校野球の詩はたくさん書いているが「君のつかんだ 一勝は一
生心から 離れない」は個展の目玉にしていた。

そのなことを考えていると客が「運転手さん、今何時」と聞いた
。「えっ2時!」「わーこれは怒られる」「弱ったなァ」

「お客さん、怒られるんですか」「昨日も午前1時半、一週間ぐ
らい連続して生ビール飲みとか入って帰りが遅いから」

「奥さんかんかん」「今日は早く帰ってくるとよ・・と言われて
たのを忘れてた」「うーん2時ね」と言って自分でテンションも

下がりうなだれて考え込んでいた。
「お客さん大丈夫ですか?」と尋ねるがよっぽど奥さんが怖いの
かコトバが出なかった。

2009,5,31 09,1016 2011nenn      ブログ写真 053

突然、静かになったので寝ているのかなァ・と思いバックミラー
でのぞき、「お客さん、大丈夫ですか?奥さん怖いんですか」と

聞くと、「うーん」と頷きながら「うん、いいとー、俺も男たい
、決めるときはピシャット決めてやる」

「九州の男バイ。決めるときはピシャーと一言で決めてやる」
「一言で決められるんですか?」

「私も勉強のため教えてください」と言うと・・
「こんな時は、じたばたしてもつまらん」

「へーどうするんですかお客さん」
「どかっと落ち着いて、家の前に立つ、そこで腹をくくり、玄関

ドアを開けるとー 分った。」「はい」と運転しながら頷くと
「奥さんの顔が見えるやろ、ここが一番大事やけんよく聞いとき

ないよ」「奥さんの顔が見えたら、雨が降っていようが、地面が
濡れていようが土間やろうが関係ない」

「たった一言、俺が悪かったと土下座すればいいと。分った」
と言われたときはこの客はまだ酒に酔っていた。

こうしてあの色紙を書いた日から1年目の出来事であった。
あのホームランと色紙が奇跡を起こすのは更に1年後の高校野

球の最中であった。その時一緒に書いたのが・・・

「良か試合をしたのに 結果を残せないこともあるくさ!」

「試合とはプレッシャーに負けないことである」

「一番になるには 一番の二倍 練習しなきゃ!なれないよ」

等など英語版も含めて2~30スポーツの歌がある。この中に
はプロ野球の選手、監督、芸能人などにも頼まれ書いたものも

ある。では次回ホームランのいくえが分ってきます。ご期待
ください。




君のつかんだ一勝は・・・

2011年 07月21日 16:36 (木)

2011年7月22日 前作品「まちがいは誰にもある」は多数
のコメントを頂きましたがPC不調のためお礼のコメは当コメン
ト欄からお返しいたしています。

投稿された方は覗いてください。今回は特に政治への不信・政局
への不満が多くありました。当ブログは各政党の議員・秘書・政
党関係者・地方議会関係者なども覗いています。

あなたの胸の内を怒りをぶつけてください。
売り上げが下がった!給料が下がった!上がったのは私の生理だ
けと言う方でも構いません。よろしくお願い申しあげます。

詩タイトル 2 046

ちょうど今頃、高校野球の地区予選の決勝戦があった暑い日であ
った。JR西日本、新幹線車両基地・サマーフェスターで新幹線
車両開放などのイベントに出す。「一ノ宮けんしの作品展」の目

玉の詩を書きたいと思っていた時だった。イベントの前日であっ
た。高校野球の地区予選決勝戦が行われていた。K高校とH高校
の試合K高校リードのまま9回マウンドに立ったK高校の投手、

後一人抑えれば甲子園に行けると言う場面でH高校の打者を2アウ
ト2・3まで投げ、あと一球であった。テレビを見ていた私も興
奮していた。何故なら声が大きくなって叫んでいたからだ。

最後の一球を投げた。その後であった。カキーンと金属音が聞こ
えたと思った瞬間、球は一直線に飛びホームラン。2者生還で
H高校の県代表が決まった。

その興奮の中、H高校の歓声の中、カメラはK高校の投手を映し出
した。打たれた投手はマウンドの土をスパイクで蹴り、目から涙
が一粒おちた。

私はこの涙で詩のヒントが生まれた。これだと思った。
そこで一気に書き上げたのが黒い色紙に白い和紙・黒い墨で
「君のつかんだ 一勝は 一生心から 離れない」であった。

詩タイトル 2 035

前日できたこの作品を目玉に新幹線サマーフェスター個展を保線
区の人たちの協力で無事開催することになった。
だがこの一枚の作品が不思議なことを次々に起こすのであった。

それもまさか小説よりも寄なりと言う言葉があるがそのまさかの
まさかが起こったのは2年ほど経ってからであった。
まず翌日、作品展を開場して一番目の女性客。しばらく作品を眺

めた後、「これを売ってください」と申し込んできた。
事情を聞くと私の息子も野球をしていてこの気持ちがよく分るの
です。それから息子が2人おるので違う言葉でもう一枚売ってく

ださいと言われ売ったのであった。
そしてこのコトバがあの投手の涙があの時打たれたホームランよ
り遠くへ飛んで行くのであった。

それも回りくねっ道を通り数年経ってだ。まさかこの作品が?
この時の私には想像すら出来なかった。
また話は長くなるので次回にお話します。ご期待ください。


まちがいは誰にもある!

2011年 07月19日 03:07 (火)

IMG_0001.jpg
2011年7月19日 忙しい毎日が過ぎスケジュールも要約、
落ちついた。と言っても7月いっぱいは時間がとれない。

そんな中、連休を利用して福岡市近郊のT市の病院へお呼びがか
かっていたのでひょっとこ踊りをぶら下げ行くと・・・

IMG_0002.jpg

民主党副幹事長が玄関にいて私の顔を見るなり「一ノ宮さんブ
ログ見てますよ」と言われた。

彼に近い議員、大臣の危なさを指摘すると今度の選挙はごたご
たしてるから厳しい戦いになると答えた。

やっと管総理では政治が出来ないとわかったみたいであった。
その証拠に福島原発一つとっても恥の上塗りトカゲの尻尾切り

これで政治と言えるのだろうか?福島県の人たちが避難した北
海道で8所帯の家の玄関ドアに汚物が投げられていた。

別の場所では放射能が移るから子供が遊ばないと、のけものに
されていた。

福島の野菜は大丈夫ですよとマスコミに流したその日のうちに
出荷規制を敷いていた。それでお年寄りが悲観し、自殺した。

今度は牛肉問題、60k圏内の牛は大丈夫と言いながらわらに
放射能物質が混ざっていたから駄目だと言う。畜産農家が放射

能測定器で事故当時計れたのだろうか。
原子力に携わっている人、批評する人たちはテレビ局の解説者

も含めるとかなりの数いたが誰一人、牛を牧草をわらを調べた
ものはいなかった。情けない。農家が計測器を持って生活を支

えなきゃいけないのか?総理になるときは官僚を減らす。政治
家を減らすと言っていたが両方に押し切られた。

更に脱原発、その前にせねばならないことがいっぱいあるのに
延命のためのアドバルーンを上げ、国民の気を引こうとしてい

るのは見え見えである。この事が民主党代議士に要約分ってき
たみたいである。管さんが総理になれば尖閣諸島を中国が占領

してしまう。ロシアが北方領土を取ってしまう。常識で分るよ
うなことを民主党の議員達は気がつかなかったのだろうか。

IMG_0001.jpg

間違いはだれにもある。それを正さねば大変なことになると言う
ことが分ったみたいである。この福幹事長に前回会ったときは新

聞社であった。当時は防衛副大臣をしていた。その時初めて私の
ブログをみていることを告白してもらった。

でも管総理の間違いを分ってもらって良かった。遅かったけど。

私だって間違いはある。
博多駅から天神へ行こうとして赤になった呉服町の交差点で止ま
ると右の方から手を上げタクシーを呼び止めた奥さんがいた。

タクシーに乗り込み「暑いですね」から二人の会話が始まった。
今から天神に買い物に行くのだと言う。
客との会話で心も打ち解けたようなので、言わねば良かったが

言ってしまった。だがあとの祭りであった。
「お客さん、横断歩道を渡ってくるとき見えたんだけど、スト
ッキングがたれてましたよと親切心から言った。

すると客は怒った。
「私、ストッキングなどはいてないよ!」
しまったと思ったときは時、すでに遅しであった。

でもすぐ機転を利かしすぐ謝ったので事なきを得た。
だから間違ったら謝りやりなおせばいいのだ。
           
          タクシー詩人 一ノ宮けんし

通せんぼ(3)

2011年 07月15日 05:49 (金)

2011年7月16日 人生にはいろいろな谷や山や川や人など
予期せぬものが行くてを阻むことがある。

それを乗越えて人は前へ進まねばならない。それが一人であろう
と夫婦2人であろうと家族3人であろうと進まねばならない。

仕事中フォークリフトから落ち、脊髄をやられ歩行困難になった
40代の男が働き盛りの、これからと言うときであった。

会社も行けず、仕事も出来ず、自分で動くことさえ出来ない歯が
ゆさに、このまま死んでもいいと考えたという。

それを止め、がんばろう、私もがんばるから、ほら男だろう。歩
こうよ・・と言って叱咤激励を受けリハビリを初め、ようやく一

歩二歩と歩けるようになった矢先、妻がガンで亡くなったと客は
私に言った。

何故、何故、あいつなんだ、私ではダメなのか、変わりに私を殺
してくれれば良かった。神様ってむごいと何度恨んだことか。

それからというものまた寝込むようになった。
今日はたまたま自宅に用があり帰るところであったという。

カラー詩笑って生きてん 072

「運転手さん、これこれ、これを私にください!」
「これがあったら私は生きて行けそうなんです」

「これを自宅の机の前に立てかけさせてください」
「私は毎日、これをみたいのです」

「これがあったら立ち直れそうなんです」
「これをぜひ、売ってください」

「お願いします」
「毎日、見させてください!」

愉快な仲間 001

それも尋常でない声であった。
この時の「笑って生きてん」は今は私の手元にはないが、みどり

の色紙にA4版の半分の白紙に「墨」で私の変わった文字で「笑
って生きてん 元気を出してん」と書いたものであった。

このとき、夫婦の絆の強さをこの客から見せつけられた。
その帰りであった。博多座裏のソバ屋から老夫婦と孫の3人を乗

せた。おじいちゃんが後部座席で・・・
「ああーおいしかった。あんなおいしかもんな、無かァ!」

酒もうまかったし、これでいつ死んでも良かァ!」
「思い残すもんな無かァ!」

と言ったとき、今まで黙っていたおばあちゃんが、
「あんたはいつ死んでもいい、いつ死んでもいいと、いつも言う

が」「いつ死んでもいいもんが、何で昨日、病院に行って薬もろ
うて来たとよ」と口げんかを始めた。

でもこれも裏を返せば愛情の表れなのか、一緒にいればケンカも
するがいなければいないで寂しいもんだ。

・・・と言うことで私は男性客に「笑ってi生きてん」と書いた色
紙を差し上げてきた。
             タクシー詩人 一ノ宮けんし

通せんぼ(2)

2011年 07月12日 13:03 (火)

2011年7月12日PM1時ごろ 一ノ宮けんしが南区内の電
車の駅前を歩いて通りかかると駅と交差している踏み切り内で乗
用車のバンがクラクションを鳴らしていた。

進もうにも前はバス停で2台遣えて動かない。踏み切りは電車が
近づいているのかチンチンと鳴りだした。
この沿線沿いでは先月人身事故が2件・今月に入っても1件起き

ている。このバンの運転手、何を考え運転していたのかバス停で
バスが止まることを想定してなかったのか?それともいつも無茶
をして、車を踏み切りの中に突っ込んででいたのであろうか?

クラクションの音はだんだん大きくなり、回数は早くなる。
あわてているのが良く分る。踏み切りも渡れない男が三途の川を
渡ることが出来るのであろうか。あわてることは無いのにこの早

漏男はあわててる。女も大声をあげクラクションを鳴らすだけで
は喜ばないぜ!とののしっているとやっとバスが動き出しこの踏
切内の男も腰をふりふり出て行った。

このように突然不幸が訪れることがあると言うことは前回お話し
た。そして突然おとずれた不幸に笑いを忘れていた人が私の作品
をみて「これ、これ、これ!」「ボクが忘れていたものは笑いで

すよ」と言って話してくれたことは・・・

2009,5,31 09,1016 2011nenn      ブログ写真 041

そう言うと後のお客は「運転手さん、この笑って生きてん、ボク
にください!ボクには必要なんです」

と言って話してくれたことは・会社のフォークリフトから落ち、
脊髄をやられ歩行困難な状態になった。子供も仕事も今からと
いうときに体が動かない。もちろん歩くことさえ出来ない。も

ういっそ死のうかと思っていたとき、「そんなことでどうする
の?」「私もがんばるからあなたもがんばろうよ」と言って励
ましてくれたのが奥さんだと話してくれた。

それからリハビリにがんばり、二人三脚で立ち上がれるトコま
で来たという。ようやく一歩二歩と何かを支えに立ち上がるこ
とが出来たと言う。

それも妻のおかげとお客は言った。くじけそうになると「あな
た男でしょう」「くじけてどうするの?」「私もやるから一緒
にやろう」と叱咤激励したという。

その奥さんが「あと一週間で退院していいよと、先生が言って
たわよ」と私に告げて倒れ、そのままガンで亡くなったと話し
てくれた。頭をがーンと殴られたような気持ちになり、「何故

だ。何故、妻なんだと自問自答するようになり、自分も後を追
って死のうと考えたと言った。
それからと言うもの笑うことを忘れたと教えてくれた。

私の文章であらわすことが出来ないけれど話を聞きながら愛の
強さ・厚さを感じた私であった。
そしてこの笑って生きてんという詩がこのあとどのように関わ

っていくのか次回にお話いたします。

尚、コメント返しは当ブログコメ欄からしばらくかえします。



通せんぼ!

2011年 07月09日 15:29 (土)

タクシー詩人 一ノ宮けんしは・・

2011年7月9日 PM6時ごろ南区の都市高速の高架線の下
の広い歩道を約束してたので自転車で駅の方向へ走っていたら
どこから表れたのか2~3歳の子供が前の方から自転車めがけ

て走って来た。私は危ないと思い、ハンドルを右にきり子供を
避けようとした。すると子供は私のほうへ走って来る。これは
同じ考えをしてるなと判断、そこで急に左に切り替えした。か

ろうじて避けたが子供は自転車の前に立ちふさがった。もう前
には進めない急ブレーキをかけ、自転車を止めると更にタイヤ
の前に来て私に何か語りかけている。だがコトバは分らない。

どうしたの?と聞くとポケットからゴム風船を取り出しふーっ
と吹いて見せた。彼の力では膨らませるのは無理だが先っぽが
10円玉ぐらい膨らんだ。すると彼はそれで満足したのか、見

て見てとジェスチャーをした。
カラー詩笑って生きてん 072
私に膨らんだところを見てほしかったのだ。
すると私の背後から乳母車に赤ちゃんを乗せたお母さんが坊や
を呼んだ。お母さんだけ早く行っていたのだ。私は少し膨らま

せた風船に拍手を送ってやると坊やはお母さんの方へ走って行
った。
このように人生、突然不幸がやってくることも転ぶことも裏切

られることも行く手をふさがれることもある。
それも予想もしないことが起こるのが世の中である。
今回の話は予想もしないことがわが身に起きたとき、皆さんな

らどうするだろうか?
恋に仕事に人生にいくつも乗越えねばならないことが起きるの
が現実である。そんな話をさせていただきます。

福岡市のある病院から乗せた男性。足が悪いのか杖を突いてい
た。体が不自由なのかゆっくりと腰から乗ると行き先は郊外で
あった。時間も距離もあるので退屈しのぎに私の書いた詩です

けど時間つぶしに読んでくださいと渡した。車を郊外に向け走
らせているとちょうど福岡市から市外へ出ようとした時であっ
た。突然大きな声で「うんてんしゅさん!これこれ、これ!」

とと叫んだ。私は何事かとチラッと後ろを振り向くと私の書い
た「笑って生きてん」と言う詩を手に持ち私の方に見せながら
「これこれ、これですよ」「今、私に必要なのは笑うことなん

愉快な仲間 023

んですよ」と言って彼が私に話してくれたことは・・・
愛とは・・そして予期せぬできごととは・・
次回をお楽しみにして下さい。

尚・コメントは当ブログ、コメ欄からお返えししています。

出版おめでとうございます

2011年 07月06日 13:41 (水)

2011年7月 児童文学作家・岩井 博子著「タクシー詩人の
おじさん」(中学・高校生向け童話)が児童文学同人誌より「し
おり」一号が発表されました。

 (この本は一ノ宮けんしを取材、書かれたものです。)
    問い合わせ・h-iwai@kmal.plala.or.jp

カラー詩笑って生きてん 014

             「DV乗越えた看護士母子」

前回小学3年生の男の子が4時間歩いて母親の元へ帰って来たと
言う話をさせていただきましたが、今回は6年生の男の子と母親
の話をさせていただきます。

夏の暑い日だった。市内の病院の婦長さんから自宅へすぐ来てく
ださいと電話があった。急いで行くと病院の看護士さんで主人と
ケンカして飛び出して来たと言う。

何回か飛び出すが、そのつど呼び戻されていたと言う。
帰るたびに荒くなる主人の暴力に今回は危険を感じ逃げて来たと
言った。とりあえず婦長の知っているアメリカ留学の先生の家が

あいているので交渉してもらい。とりあえずそこへ彼女を移した
。今回は私が動くのでなく。婦長初め周りの人全てを動かした。
婦長初め病院関係者そしてその人たちの回りの人々の協力で看護

士の息子小学6年生と連絡をとり、母親が迎えに行くことができ
ないのでタバコ屋のおばちゃんに電話。3日後、1000円貸し
てもらい男の子と南区のある駅で待ち合わせ無事、子供を保護し

、その日のうちにアメリカと連絡とり、アメリカ留学の先生の留
守宅を貸してもらうことにした。ここまでは婦長や周りの人の協
力で指図もうまく事がはこんだ。問題はだんなにどのようにして

離婚届けに印鑑をおさせるかであった。
看護士の彼女に再度だんなのことを聞くと、会社の社長でプライ
ドが高く。人の言うことなど聞かない頑固なだんなであると言っ

た。そのことだけを聞き私は作戦を変えた。離婚して下さいとお
願いするのではなく。時間はかかったが一ヶ月後に離婚届けに印
鑑を押してくれた。このとき動いてくれた人たちが取引先の上司

であった。信用を重んじるだんなの弱点。次は取引先、そしてこ
の取引先と取引している大手企業、女性。暴力問題、ハラスメン
トを最大の武器に離婚をせまったら一ヵ月後すんなり落ちた。

あれから6年、小学6年生だった彼は今、地元の大学野球部に入
りレギュラーでがんばっていると婦長さんから聞いた。
あの後、一度もあっては無いが彼がお母さんの面倒を見る日がそ

こまで来ているんだと思った。 
          タクシー詩人 一ノ宮けんし

(4)DVを乗越えた母子

2011年 07月02日 05:29 (土)

2011年7月2日
大相撲名古屋場所の出来立ての番付表が佐渡ヶ嶽親方より届いた。
西大関に琴欧州勝紀 東関脇に琴将菊和弘が名を連ねている。
八百長問題で嫌気がさしていた場所を吹き飛ばしてほしい。

部屋に飾っている一ノ宮けんしの詩もうれしいと思うし生き
てくると思う。親方・おかみさんいつもありがとうございます。
御礼申し上げます。

2009,5,31 019「DVを乗越えた母子」

福岡市内でアパートを経営している老夫婦が知人の紹介で尋ねて
来た。
娘さんが嫁ぎ先でだんなのDVに苦しめられ離婚を決意、話会うが

息子と一緒で無ければ離れないと言う娘は殴られながらも我慢し
て暮らしていると言う。最近は髪の毛は引っ張る・髪をつかみ引
きづり回されるそうである。それだけならいいが顔に黒いあざ・

傷が目につくようになったと言う。
先方は昔、農家をしていたと言うことで家、屋敷は大きし、マン
ション、借家も持っているので経済的には裕福なはずなのだが、

甘えて育った息子は金遣いが荒く夫婦にはあまり援助しないらし
い。でも結婚し、子供がしかも男の子がうまれた。先方の親は嫁
なんかどうでもいいようになった。男の子をかわいがり息子の暴

力も見て見ぬふりするどころか嫁まで毛嫌いするようになった。
逃げようと思うが息子をだんなのソバに置きたくない。逃げるな
ら子供と一緒、そう言い聞かせ殴られ、涙流しながら叩かれている

という。初め話だけ聞くつもりが気がついたときは先方と話し合い
をしていた。

target="_blank">カラー詩笑って生きてん 072

" />
あなたはと聞かれ親戚の者ですと答えた。これは老夫婦と決めて
いたことであったからそう言った。
そして確信に入った。娘さんとだんなの離婚を承知していただき

たいと申し込むと、離婚しても別れてもいいが子供だけは置いて
行ってもらうと言う答えであった。これまでもここからもこれ以
上進展しないと踏んだ私は相手の言葉一つ一つ聞きながら顔の動

きを見ながらたまには世間話を混ぜ相手の懐に入って行った。
そんなに言うのならお父さん子供さんを上げましょうと私は突然
言った。

先方の親もだんなも、もちろん頼んだ老夫婦も私の顔を見た。そ
の時、はっきりと先方の親の顔を見た、頑固そうな顔に笑みが浮
かんだのを!この時、私は勝ったと思った。

そして離婚書と別に一枚確認のために書いてもらうことにした。
老夫婦は何でと言う顔をしてたが私はどんどん進めた。
そこにどんな文字でもいいですから子供の意思を尊重し子供が

大きくなって母親の所に帰りたいと言った時はこれを許す。
とだけ書いてください。・・・と言うことで離婚も子供のこと
も無事終了した。

一ノ宮さん?と不審がる老夫婦に一週間待ってくださいと言っ
て別れたが、それから3日後であった。
残された小学3年生の男の子は4時間かけ歩いて母親の元へ

やってきた。・・・と老父婦から電話があった。
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